見逃され易い頸部脊柱管狭窄症の初期症状

見逃され易い頸部脊柱管狭窄症の初期症状

1.“軽いしびれ”は見逃されやすい危険信号

身体のどこかに急に強い痛みが生じれば、誰もが慌てて医療機関へ駆け込むでしょう。しかし、手指の軽いしびれや違和感程度では「そのうち治るだろう」と様子を見てしまう人が少なくありません。
受診しても、初期症状が軽度であれば簡単な検査のみで経過観察となることも一般的です。ところが、頸部脊柱管狭窄症はまさにこの“些細な手指症状”を初発とすることが多く、注意が必要です。

2.頸部脊柱管狭窄症とはどのような病気か

頸部脊柱管狭窄症は、生まれつき脊柱管が狭い体質に、加齢による変化が重なることで脊髄が圧迫され、脊髄症状が出現する疾患です。
特に「動的因子」と呼ばれる頸椎の動きが症状に深く関与しています。首を後ろに反らすと脊柱管がさらに狭まり症状が悪化し、前に曲げると広がるため症状は軽減します。このため、上を向く姿勢で手指のしびれなどが増悪するのが特徴です。

3.初期の頸髄症が「痛みを伴わない」理由

発症初期は、脊髄圧迫による“両側の手指のしびれや違和感”のみで、明らかな感覚障害や筋力低下はありません。
特に誤解が多いのが、「頸椎の病気なら痛みが出るはず」という思い込みです。頸髄症は頸部痛や肩の激しい痛みを伴わないことが多く、これが診断を遅らせる一因となります。

4.診断が8ヵ月遅れたT.Hさんのケース

今回、医療相談室にご自身の体験記を投稿してくださった T.Hさん(57歳女性)は、手指のしびれとこわばりのみで発症しました。しかし、頸椎椎間板ヘルニアを疑って整形外科を受診したにもかかわらず、膠原病の治療へと進んでしまい、約8ヵ月もの時間的ロスを強いられました。

その後、両下肢にしびれが出現し、小走り・立ち上がりが難しくなるなど明らかな進行が見られており、この時点では頸髄症を疑うことは難しくありませんでした。
加えて、T.HさんはC4/5 前方固定術の既往があり、隣接椎間の頸髄症は最優先に検討すべき状況であったと言えます。

5.手術後の回復と4か月後の嬉しい再会

T.Hさんは手術後2週間のリハビリを経て退院され、下肢の症状はほぼ消失していました。手指のしびれは残っていましたが、術後4ヵ月の検診では、しびれ・こわばりともにほとんど消失していました。
C5/6の固定部も順調に骨性癒合が進み、安定した経過が確認できました。

6.患者さんが伝えたい「適切な手術時期」の重要性

T.Hさんは、ご自身の経験から次のようなメッセージを寄せてくれました。

「頚椎ヘルニアの手術は、脊髄を圧迫している原因を取り除く手術であって、傷ついた脊髄を直接修復するものではありません。だからこそ、適切な時期に手術を受けることが重要で、その後の予後が大きく変わってきます。」

まさにその通りで、脊髄の回復は手術ではなく“患者さん自身の脊髄の自力回復”によってもたらされます。外科医は、あくまで脊髄を圧迫する要因を取り除き、これ以上悪化しない環境を整えることが役割です。

7.後遺症を残さないために必要なこと

術後に残るしびれや神経障害性疼痛、手足の動かしづらさといった後遺症は、適切な時期の手術で回避できる可能性が高くなります。
しかし実臨床では、初期診断の遅れや治療選択の迷いにより、理想的なタイミングで手術に至らないケースが後を絶ちません。

私は、頸部脊柱管狭窄症による頸髄症の予後を左右する最大の因子は「適切な時期に介入できるかどうか」だと考えています。

8.健康が戻る喜びを分かち合えた診察室にて

T.Hさんは術後4ヵ月、外来受診の2日前に札幌入りされ、観光やジンギスカンを楽しまれたとのこと。
健康でなければ味わえない“当たり前の楽しみ”が再び戻ってきたことを嬉しそうに語ってくださいました。

医師として、その姿を見られたことは私にとっても何よりの喜びでした。


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