
私が脊椎外科に取り組み始めた頃、私の関心は極めて単純であった。
もっと上手な手術ができるようになりたい。
もっと多くの患者さんを治せるようになりたい。
その一心であった。
当時の私は、現在のような医療哲学を持っていたわけではない。
患者さんの人生を見るという考えもなかった。
目の前の患者さんを手術して、良くすることだけが目的であった。
つまり、病変を上手に取り除き、痛みを改善したいと考えていた。
ところが脊椎外科は私にとって未知の領域であった。
教科書を読み、論文を読み、学会に参加し、手術ビデオを見漁った。
自ら学び、自ら考え、自ら答えを探す毎日であった。
しかし本当に多くを教えてくれたのは、教科書でも論文でもなかった。
患者さんであった。
診断が難しい患者さんがいた。
画像診断で確信をもって手術を行い、手術は成功したはずなのに満足できない結果の
患者さんがいた。後になって、その原因が椎間孔病変であったことを知った。
また、画像所見では説明できない神経根症状を示す患者さんもいた。
さらに固定術後症例や高度変形例では、責任病変の特定そのものが大きな課題であった。
こうした患者さんとの出会いが、私を診断学の探求へと向かわせた。
患者さんの腰椎は、一人として同じではなく、加齢変化で腰椎は変性・変形し、すべ
り、側彎し、正常形態を失った骨の中で患者を苦しめる病変を特定することは極めて困難であったが、その診断法と手術法に道を開くことができた。
ボルトで固定された患者が、原因不明の痛みで受診されたものの、金属のアーチファクトで痛みの責任部位を診断することが困難なことを数多く経験したことで、そのような患者さんの治療法を確立することができた。
このように、私の知識・臨床力を超える病変をもった患者さん、一人ひとりが私に新たな課題を与えてくれた。
なぜ診断できなかったのか。
なぜ痛みが残ったのか。
なぜ回復したのか。
なぜ喜んでいただけたのか。
私は答えを求めて考え続ける、試行錯誤の連続であった。その患者さんが私の診断学を育ててくれた。
その積み重ねが、私を成長させてくれたのである。
私の診断力・技術力が向上し、思った通りに患者さんの症状を良くできるようになってから、私は気づくようになった。
患者さんが求めているのは、単に画像を改善することではない、
病名を知ることだけでもない、
その人らしい人生を取り戻すことにある。
私は脊椎外科医として患者さんを治療してきた。
しかし振り返れば、患者さんこそが私を脊椎外科医として育ててくれた。
私が確立してきた診断法も、手術法も、診療哲学も、決して一人で作り上げたものではない。
私を信頼し、自らの身体を託してくださった患者さんたちとの出会いの中から生まれたものである。
だから私は患者さんに感謝している。
そして今も、患者さんから学び続けている。
患者さんは単に私の治療の対象ではない。
私に課題を与え、成長させてくれる人生の師なのである。


