アウトカムを指向した治療法の選択

はじめに
私は長年、多くの腰椎椎間板ヘルニアの患者さんを診療してきました。
発症から回復まで、あるいは後遺症を残すまでの経過を数多く見続ける中で、病理学的変化、症状、神経学的所見、画像所見がどのように変化していくのかを学んできました。
腰椎変性疾患は、一見すると広大で複雑な「病気の森」のように見えます。
しかし一本一本の木を丁寧に観察し続けると、森は未知の存在ではなくなります。
森全体が見えるようになると、病気がこれからどこへ向かうかを予測し、その未来から現在を見つめ直すことができるようになります。
私が提唱する臨床ステージ分類は、そのような経験から生まれました。
治療ゴールの設定
臨床ステージ分類は、ヘルニアによる症状を神経根障害の重症度と関連づけたものです。そして、ステージ分類と手術後のアウトカムを関連づけたのが、今回の「ステージ分類に基づく治療法の選択」です。ここでわかったことがあります。この検討から、一つの重要な事実が見えてきました。神経障害を残さずに治療できるかどうかの分水嶺は、ステージIIIにあるということです。すなわち、ステージIIIで手術を行うなら神経障害を残さず、これを超えてからなら障害を残す可能性が高くなることが判明しました。
患者さんの生活の質を守る観点から、理想として目指す治療ゴールを、「痛みと神経障害を残さない生活への復帰」と定めました。それを達成できるのがステージIIIということです。
しかし実際の医療では、患者さんの年齢、仕事、家庭環境、治療への希望など、多くの要因によって、この理想どおりに進められないことが多々あります。そのため各ステージにおいて手術を行う意義を明らかにして、現実の医療における「治療選択の道しるべ」となることを目指しました。
今回述べる治療法の選択は、アウトカムの観点から医師が治療法を選択する助けとなり、患者さんが自身の現在地を知ることで治療への理解と納得が得られることを期待します。
臨床ステージ別の治療法と手術治療の意義
ステージ I:靱帯損傷による急性腰痛の時期
急性腰痛は、専門用語では侵害受容器性疼痛といわれ、椎間板周囲の靭帯が損傷して炎症が起こるための痛みです。
治療の基本は次の二つです。
・腰の安静を保ち、炎症を強くしない。
・薬物治療で炎症を鎮め、痛みを軽減する。
このステージで手術治療は必要なく、腰痛は炎症の消退により消失します。しかし、臀部や鼠径部に痛みが広がる場合は、次のステージへ進行したことを意味します。
ステージII:神経根の圧迫・刺激による神経痛の時期
神経痛は「神経障害性疼痛」といわれ、ヘルニアにより圧迫・刺激される神経根が炎症を起こすための痛みです。神経痛には、坐骨神経痛と大腿神経痛があります。
治療は炎症と痛みに対する保存治療で、ステージ Iに準じます。
・安静により神経根の炎症を強くしない。
・薬物治療で炎症を鎮める。
しかし、痛みのコントロールが困難で、治療が長引き、生活の支障が大きい場合には、
早期の治癒と家庭・社会生活への復帰を目的に手術治療が選択されることがあります。
このステージでは、通常、体の治癒力で痛みは治癒へ向いますが、痛みが3ヵ月以上続き、寛解と増強を繰り返してステージ IIIへ進行することがあります。
ステージIII: 感覚障害が進行する神経根障害前期
下肢の感覚障害が出現・進行する、このステージの治療法は、まず保存治療が行われます。体の治癒力で症状の改善が期待できますが、発症後1ヵ月以上過ぎても症状が改善に向かわない場合や、悪化傾向を示して後遺症に関連しやすい次のステージに進行する恐れが高い場合には、
治療ゴールの「痛みと神経障害を残さない生活への復帰」を目指して手術治療が適応となります。
このステージは、神経障害を残すか残さないかの分水嶺にあたる時期なので、症状経過を注意深く観察して、手術介入時期を適切に判断することが重要になります。
ステージIV: 筋力低下が進行する神経根障害後期
神経根障害が進むと、感覚障害とともに筋力低下が進行するため、患者さんは痛みやしびれで苦しみ、生活や仕事に支障がでて、高齢者は自立した生活が困難になります。
この時期には、速やかに手術で神経根障害の進行を阻止して、より良いアウトカムへ導くことが重要になります。
手術効果として、神経根の圧迫が取れると、立つこと歩くことが容易になり、痛みやしびれの薬が効きやすくなります。なによりも大きなメリットは、神経根の除圧後から神経根の自力回復が始まることです。
神経根の回復には概ね6ヵ月が必要であり、それを過ぎると回復は鈍化します。手術介入が遅れるほど、残る神経根障害は高度になることから、手術が第一の選択肢として検討されるべき重要なステージです。
ステージV: 後遺症が中心の神経根障害永続期
障害された神経根は回復力を失い、強い感覚障害と、筋力低下は麻痺筋を超えて広い範囲に及びます。神経障害性の慢性痛としびれが患者さんの苦痛となり、生活の自由度は狭まり、高齢者ではしばしば介護が必要になります。
このステージの治療法として手術には異論が多いと思いますが、私は可能であれば手術を選択します。その理由は、障害された神経根機能の改善効果は乏しいですが、痛みの軽減により、特に高齢者ではADLの改善が期待できるからです。青壮年者においても機能改善に向けた可能性を引き出すことで生活意欲を高める効果が期待できます。
最後に
本分類は、「痛みと神経障害を残さない生活への復帰」という治療ゴールを基準に、治療選択の理想を示すことを目的としています。しかし実際の臨床では、患者さん一人ひとりの病状や生活背景、受診時期など様々な要因によって、その理想からの乖離が生じます。そこで本分類では、各ステージにおける手術治療の意義を明らかにして、現在の病状から最善の治療選択を支援することを目指しました。どのステージにあっても、その患者さんにとって可能な限り良い未来を追求すること——それが本分類の基盤となる治療理念です。
ヘルニアの治療で大切なのは、「自然に治るか」「手術をするか」という二者択一ではありません。大切なのは、今どのステージにあり、その先に何が待っている可能性があるのかを知り、ご自身にとって最も望ましい未来、アウトカムを目指して治療を選ぶことです。私は、このステージ分類が、そのための「道しるべ」になればと願っています。
どのステージにあっても、その時点で望むことのできる最善の未来があります。私はその未来を患者さんとともに考え、歩むために、このステージ分類を提案しています。
これまで各ステージにおける手術治療の意義について述べてきました。しかし、手術には期待される効果がある一方で、一定のリスクも伴います。したがって最終的な治療方針は、病状や生活背景、ご本人の希望、そして手術の安全性を十分に検討したうえで、主治医とよく相談しながら慎重に決定することが大切です。とよく相談しながら慎重に決定することが大切です。


